霊障 後編(8)

沙耶ちゃんシリーズ。
【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ4【友人・知人】

709 :まこと ◆T4X5erZs1g:2008/08/10(日) 01:46:53 id:Nc5xjCme0
車に戻って、少し思案する。
このままトンネルを抜けて走れば、自宅までの最短距離になる。
もしトンネルを避け、さっきの街まで戻って迂回すれば、1時間以上は遠回りになるはずだ。
「少しでも早く家に帰りたい?」
沙耶ちゃんにそう聞いた。
沙耶ちゃんはドア側に身を引きながら、「まだどこかに寄るんですか?」と不信感を顕わにしている。
質問の仕方が悪かったか。
「そうじゃなくて、このトンネルを通る勇気があるかどうかってことだよ」と説明を重ねると、
彼女は「あの霊は怖くないけど、まことさんがまた変なふうになるのは怖い」と答えた。
謝罪以外に言葉が出ないよ。
「じゃあ、迂回するか」
エンジンをかける。
インパネのわずかな明かりに照らされた沙耶ちゃんの瞳の色は、ふだんの赤褐色に戻っていた。


710 :まこと ◆T4X5erZs1g:2008/08/10(日) 01:48:21 id:Nc5xjCme0
二度切り返して、トンネルに背を向けて走り出してすぐ、沙耶ちゃんが「見えない」と呟いた。
「見えないって、何が?」
ハンドルを握りながらちらりと見ると、彼女は戸惑った表情でフロントの先に視線を彷徨わせている。
「何がって・・・何も・・・見えてたものが見えなくなってる」
そう言うと、座席の上で抱えていた膝に顔を埋めた。
「霊が見えなくなってるってこと?・・・んー、でも、そういう能力とは無縁になりたかったんじゃないの?」
俺は無神経に笑った。
「こんなに突然だと嬉しくないよ・・・まことさんにはわからないだろうけど」
チクッと嫌味を投げてくる沙耶ちゃん。
「いい機会だから、霊とか宗教とかって電波系に逃げてないで、まともな生活観念を持ちなよ」
なぜ俺は応戦してるんだろう。
「見えないものを否定するだけの人生って、楽でいいでしょうね」
だから、なぜ沙耶ちゃんと喧嘩になるんだ?
「楽じゃねーよ。こんな厄介な女に道連れにされてさあ」
「ずいぶんはりきってましたけど?当たり前ですよね。下心全開だったんですから」
「ばあか!3年も我慢してやったのに、いまさら焦るか」
俺・・・ひたすら自爆しまくる・・・
「じゃあ、さっさとそういうことして、さっさと愛想を尽かせてくれたらよかったじゃないですか!」
はあ?沙耶ちゃんの言うこともさっぱりわからなくなってるぞ。
「私は、その・・・男の人とああいうの、したくないんです・・・」
急にトーンダウンした沙耶ちゃん。
彼女の『本音』を聞き逃したくなくて、俺は再度、車を道端に停めた。
「きれいな感じがしないし・・・それに、私の求めるものとは正反対な気がして・・・」
反論はあったが、黙ってることにした。
間を置いて沙耶ちゃんは続ける。
「私、浄化のイメージが好きなんです。体っていう生っぽいものを捨てられそうだから。
早くそういうところに行きたい」
「汚れた魂が昇天してくれるのは嬉しい」
「この世界には居場所がない。私には釣り合わない。好きになれる人もいない」
そこまで言って、沙耶ちゃんはドアのロックを外した。
俺はすぐにロックをかけ直し、彼女を押しとどめた。
「外には出るなよ。そっちは崖なんだ」
沙耶ちゃんは諦めたように、座席に身を沈めた。


711 :まこと ◆T4X5erZs1g:2008/08/10(日) 01:49:24 id:Nc5xjCme0
朝が早かったせいか、猛烈な眠気に襲われた。高速で帰ってる途中のことだ。
沙耶ちゃんはすでに寝息を立てている。
仮眠を取るつもりで入ったパーキングエリアは、車が極端に少なくて、なんとなく居心地が悪かった。
とりあえず車外に出て深呼吸をする。
そうだ、と思い至った。時計を見ると0時前。まだ会社にいるな。
携帯からダイヤルすると、予想通り元の上司が出た。トンネルについて教えてくれた相手だ。
「眠気覚ましに話に付き合ってください」と頼むと、向こうからも『歓迎だ』と返事が来た。
「今、例のトンネルに行ってきた帰りなんです」
『いい歳して、本当に肝試しなんかしてんのかwで、なんか出たの?』
「出ましたよ。すっげえのがw」
『マジ?男と女のどっち?』
?????女ってなんだよ?
「出たのはカリノですよ。先輩に聞いてたまんまの姿でした」
『そっちのほうかあ。やっぱり女のほうはガセなのかな』
「何の話ですか?」
『あれ?言わなかった?
 リンチ焼殺事件の二ヶ月前に、そのトンネルの付近で、カリノのオンナが行方不明になってるの』
「知らねー・・・詳細ください」


712 :まこと ◆T4X5erZs1g:2008/08/10(日) 01:51:06 id:Nc5xjCme0
カリノには、一方的に想いを募らせていた相手がいたようだ。
名前まで聞かなかったが、20代前半の女性だったらしい。
カリノは素行が悪く、地元では嫌われ者だった。当然、女性もカリノには警戒していたという話だ。
彼女は突然姿を消した。彼女の車だけがあのトンネル付近の峠道で、全焼という形で見つかった。
カリノは警察にマークされたが、証拠は見つからなかった。
カリノを殺したのは、ヤツのワル仲間だった。
正犯のフジタ以下数名は、捕まったあとにこう供述したようだ。
「カリノは追い回していたオンナをレイプして殺し、山中に捨てた。車は焼いた。
 うすうすそれに気づいた俺たちは、カリノを同じ目に遭わせてやろうと思った。なぜかはわからない。
 誰も反対はしなかった」
『祟りだね』と上司は小気味よさそうに笑った。
『でも、本当のところはどうだか。
 オンナの遺体が見つからなかったから、
 警察は、カリノが腹いせに車だけ盗んで燃やした、って見解になったみたいだぜ。
 オンナはどこかに逃げたんだろう』
俺は窓越しに沙耶ちゃんを見ていた。さっきのこの子は、本当に沙耶ちゃんだったのか・・・
『まあ、無事に帰ってこられて何よりだ。今度会社に顔出せ。話がある』
上司はそう言って電話を切った。

ややこしくて頭が飽和状態だ。今日は、誰が誰にすり替わっていたのか・・・
俺は車に戻り、エンジンを始動させる気力もなく、座席を倒した。
まあいいや。今は寝てしまおう。すべては明日、沙耶ちゃんの寝ぼけた顔を見てから考えよう。