姦姦蛇螺(6)

異変はすぐに起きた。
大蛇がある日から姿を見せなくなり、襲うものがいなくなったはずの村で、次々と人が死んでいった。
村の中で、山の中で、森の中で。
死んだ者達はみな、右腕・左腕のどちらかが無くなっていた。
十八人が死亡。(巫女の家族六人を含む)
生き残ったのは四人だった。

おっさんと葵が交互に説明した。
伯父「これがいつからどこで伝わってたのかはわからんが、あの箱は一定の周期で場所を移して供養されてきた。
 その時々によって管理者は違う。箱に家紋みたいのがあったろ?ありゃ今まで供養の場所を提供してきた家々だ。
 うちみたいな家柄のもんでそれを審査する集まりがあってな、そこで決められてる。
 まれに自ら志願してくるバカもいるがな。
 管理者以外にゃかんかんだらに関する話は一切知らされない。
 付近の住民には、いわくがあるって事と、万が一の時の相談先だけが管理者から伝えられる。
 伝える際には相談役、つまりわしらみたいな家柄のもんが立ち合うから、
 それだけでいわくの意味を理解するわけだ。
 今の相談役はうちじゃねえが、至急って事で、昨日うちに連絡がまわってきた」
どうやら、一昨日Bのお母さんが電話していたのは別のとこらしく、
話を聞いた先方は、Bを連れてこの家を尋ね、話し合った結果、こっちに任せたらしい。
Bのお母さんは、オレ達があそこに行っていた間にすでにそこに電話してて、ある程度詳細を聞かされていたようだ。
葵「基本的に、山もしくは森に移されます。
 御覧になられたと思いますが、六本の木と六本の縄は村人達を、六本の棒は巫女の家族を、
 四隅に置かれた壺は、生き残られた四人を表しています。
 そして、六本の棒が成している形こそが、巫女を表しているのです。
 なぜこのような形式がとられるようになったか。
 箱自体に関しましても、いつからあのようなものだったか。
 私の家を含め、今現在では伝わっている以上の詳細を知る者はいないでしょう」
ただ、最も語られてる説としては、
生き残った四人が、巫女の家で怨念を鎮めるためのありとあらゆる事柄を調べ、
その結果生まれた独自の形式ではないか…という事らしい。
柵に関しては、鈴だけが形式に従ったもので、綱とかはこの時の管理者によるものだったらしい。
伯父「うちの者で、かんかんだらを祓ったのは過去に何人かいるがな、
 その全員が二、三年以内に死んでんだ。ある日突然な。
 事を起こした当事者も、ほとんど助かってない。それだけ難しいんだよ」

ここまで話を聞いても、オレ達三人は完全に置いてかれてた。きょとんとするしかなかったわ。
だが、事態はまた一変した。
伯父「お母さん、どれだけやばいものかは何となくわかったでしょう。
 さっきも言いましたが、棒を動かしてさえいなければ何とかなりました。
 しかし、今回はだめでしょうな」
B母「お願いします。何とかしてやれないでしょうか。私の責任なんです。どうかお願いします」
Bのお母さんは引かなかった。
一片たりともお母さんのせいだとは思えないのに、自分の責任にしてまで頭を下げ、必死で頼み続けてた。
でも泣きながらとかじゃなくて、何か覚悟したような表情だった。
伯父「何とかしてやりたいのはわしらも同じです。しかし、棒を動かしたうえであれを見ちまったんなら……
 お前らも見たんだろう。お前らが見たのが大蛇に食われたっつう巫女だ。
 下半身も見たろ?それであの形の意味がわかっただろ?」
「…えっ?」
オレとAは言葉の意味がわからなかった。下半身?オレ達が見たのは上半身だけのはずだ。
A「あの、下半身っていうのは…?上半身なら見ましたけど…」
それを聞いておっさんと葵が驚いた。
伯父「おいおい何言ってんだ?お前らあの棒を動かしたんだろ?だったら下半身を見てるはずだ」
葵「あなた方の前に現われた彼女は、下半身がなかったのですか?では、腕は何本でしたか?」
「腕は六本でした。左右三本ずつです。でも、下半身はありませんでした」
オレとAは、互いに確認しながらそう答えた。
すると急におっさんがまた身を乗り出し、オレ達に詰め寄ってきた。
伯父「間違いねえのか?ほんとに下半身を見てねえんだな?」
オレ「は、はい…」
おっさんは再びBのお母さんに顔を向け、ニコッとして言った。
伯父「お母さん、何とかなるかもしれん」
おっさんの言葉に、Bのお母さんもオレ達も、息を呑んで注目した。
二人は言葉の意味を説明してくれた。
葵「巫女の怨念を浴びてしまう行動は、二つあります。
 やってはならないのは、巫女を表すあの形を変えてしまう事。
 見てはならないのは、その形が表している巫女の姿です」
伯父「実際には、棒を動かした時点で終わりだ。必然的に巫女の姿を見ちまう事になるからな。
 だが、どういうわけかお前らは、それを見てない。
 動かした本人以外も同じ姿で見えるはずだから、お前らが見てないならあの子も見てないだろう」
オレ「見てない、っていうのはどういう意味なんですか?オレ達が見たのは…」
葵「巫女本人である事には変わりありません。ですが、かんかんだらではないのです。
 あなた方の命を奪う意志がなかったのでしょうね。
 かんかんだらではなく、巫女として現われた。その夜の事は、彼女にとってはお遊戯だったのでしょう」
巫女とかんかんだらは同一の存在であり、別々の存在でもある…?という事らしい。
伯父「かんかんだらが出てきてないなら、今あの子を襲ってるのは、葵が言うようにお遊び程度のもんだろうな。
 わしらに任せてもらえれば、長期間にはなるが何とかしてやれるだろう」
緊迫していた空気が初めて和らいだ気がした。
Bが助かるとわかっただけで充分だったし、この時のBのお母さんの表情は本当に凄かった。
この何日かでどれだけBを心配していたか、その不安とかが一気にほぐれたような、そういう笑顔だった。
それを見ておっさんと葵も雰囲気が和らぎ、急に普通の人みたいになった。
伯父「あの子は正式にわしらで引き受けますわ。お母さんには後で説明させてもらいます。
 お前ら二人は、一応葵に祓ってもらってから帰れ。今後は怖いもの知らずもほどほどにしとけよ」