カン、カンその後(2)

472 :カン、カンその後 3 :2010/01/04(月) 16:48:39 ID:+c8UOsBv0
姉の話は、8年前の忌まわしい記憶を完全に蘇らせました。あの時の出来事は今でも忘れられません。
真っ暗な居間。テーブルに座る女。カン、カンという金属音。振り向く女。おぞましい顔。
何の前触れもなく聞こえるあの音は、自分をしばらく極度の金属音恐怖症にさせるほどおぞましいものでした。
音楽が流れる場所では、カウベルや鈴のような音が鳴らないかヒヤヒヤし、
台所のフライパンや鍋の発する金属音に耳を塞いで怯え、
遠方に向かうときは、踏み切りのある道路を避けねば移動もままならない・・・。
ただ姉の話には、8年前とはいくつか違う点がありました。
白い着物姿の女を見ていなければ、声も聞いていない。聞こえたのはカン、カンという不気味な音だけ。
しかも、場所は風呂場。私は居間のテーブルの上にアレが正座している姿は知っているが、風呂場だなんて・・・。

本当にアレだったんだろうか・・・そう姉に問い掛けようとした時、突然姉はぼろぼろと涙をこぼし始め、泣き出した。
私はうろたえながらも、「まだアレだって決まった訳じゃ・・・」と姉をなだめようとしました。
すると姉は泣き顔のまま私の顔を睨み、
「あんた、お母さんのこと、美香(妹の名前)から聞いてないの?」と、凄みのある声で迫ってきました。
お母さんのこと?妹から?話の方向が見えず当惑しました。
今さっきだって、母の作ったおいしいビーフシチューをいただいたばかりだった。
母の様子に何もおかしいことなんてなかったし、妹も普段通りだったように見えた。
焦りを隠せない私に向かって、姉は涙を拭いながら言いました。
「時々、夜中に家をこっそり出ていくんだって。詳しいことは美香に聞いて」

ただならぬ姉の話を聞いて、私はすぐ妹の部屋に行き問い質しました。
「お母さんが夜に外に出てるって、どういう事?」
「ああ、おねえに聞いたんだね。本当なんだよ。何なら一緒に見る?」


475 :カン、カンその後 4 :2010/01/04(月) 17:33:46 ID:+c8UOsBv0
その夜、私は妹の部屋に入れてもらい、妹のベッドの隣に布団を敷き、
ぼんやりと天井を眺めながら時間が経つのを待ちました。
妹の話では、母が家を出る時間は大体決まっていて、1時過ぎ頃に家を出て、10分程度で帰ってくるとの事でした。
最初、母の外出に気付いた妹は、気分転換がてら外にタバコを吸いに行っているものと思ったらしく、
特に気に留めずそのまま寝ていたらしい。
しかし、雪が降るほどに寒くなってからも母の外出は続いた。
そのことを母に聞くと、「何のこと?」という反応。
とぼけている様子もなく、自分が深夜に外出していること自体、全く自覚がなさそうだというのだ。
不審に思った妹は、母の後をこっそりつけたのでした。

「そろそろだよ」
妹が言うと、私は耳を澄ませた。すると間もなく、ドアを一枚隔てた廊下側で何やら人の気配がした。
ガサ、ガサと玄関の辺りで物音が聞こえた。おそらくブーツを履いているのだろうと思った。
そして、キイという音とともに、コッコッコッという足音。間違いなく今、外に出た。
私と妹は顔を見合わせ、なるべく音を立てないようにドアを静かに開け、忍足で玄関に行った。
鍵は掛かっていなかった。妹は注意深くドアノブを握り、そっとドアを開けた。

真っ暗な路地。街灯と月明かりだけが頼りだった。
母はどこに行ったんだと妹に聞くと、驚いたことにすぐ近くにいるという。
嫌な予感がじわじわとしていた。

家から100mほど進んだところ、路地を照らす街灯の下に母はいた。
母は電柱の周りをぐるぐる回っていた。
散歩のようにゆったりと歩くようなペースではなく、かなり速いはや歩き。
あるいは駆け足のようなものすごいスピードで、ぐるぐるぐるぐる回っていた。
昼間に見せてくれていたような、朗らかで優しげな表情は今やどこにもなく、
遠目に見ても、般若のような鬼の形相にしか見えなかった。
あまりの恐ろしさに呆然としていると、妹は「もう帰ろう」と促すと同時に、
「たぶん、あと10分くらい続くから、あれ」と付け加えた。

ものすごく怖かった。母の異常な姿を目の当たりにして、私はようやく事の重大さに気付き始めた。
『あなたも、あなた達家族もお終いね』
今頃になって、あの女のおぞましい言葉が頭の中で繰り返されました。